ぼくの本棚260:日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか by 竹内整一

16 6月

「左様ならば」が語源からできた「さようなら」という言葉に、

本書に触れるまで気を遣ったことなどなかった。

僕のまわりも「じゃあ、そういうことで」から「じゃっ」と言って去っていく人も多い。

「さようなら」という言葉には、明るい未来を予感させる心の動きから、

「そうならなければならないのなら」と未来への諦めを予感させる意味もありかなり奥が深い。

阿久悠は「人間はさよなら史がどれくらい分厚いかによって、いい人生かどうかが決まる」と言い、

女性飛行氏アン・リンドバーグは

「これまでに耳にした別れの言葉でこのように美しい言葉を知らない」

と「さようなら」の響きを語る。

本書のさようならの様々な引用は、

著者の見事なセンスによって集積されていて読むほどに面白さが味わえる。

きっと「さようなら」が美しいのは、その人との一瞬の出会いや別れが、

一生忘れないほど印象深く骨に刻まれているからだ。

ではいつもの「さようなら」が悪いかというとそうでもない。

人のあたたかさが込められた「さようなら」は振り返りたくなるほど気持ちが良く、

人の言霊の美しさは心の中に宿っていることを認めざるを得ない。

あなたは「さようなら」について考えたことがあるだろうか。

編集長 尾中謙文

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