Archive for 10月, 2007

ぼくの本棚 157:在日 by 姜尚中


24 10月

著者は東大の教授あるいは売れっ子文化人としてあまりにも有名だ。

しかし早稲田大学に通い始めた頃、日本名「永野鉄男」を名乗っていたことを知る人はほとんどいない。

生まれた時から在日コリアンは望むも望まざるも指紋押捺を強制され

屈辱的な感情を心の奥深くねじり込まれる。

本書は姜尚中の生誕から、二人のおじさんを通してみた在日一世の人生、

ドイツ留学、父の死、天皇の死に展開していく。

語り口調は淡々としているが、言葉の一つひとつに在日という人生を背負っている重みを感じる。

実名を隠しながら帰化していく親類と、悲壮な決意で実名を名のりそれを宝ものに生きていく人生。

やがて赤裸々に正直に語られる言葉の裏に、

苦渋に満ちた「在日」に隠された不条理な激情が流れていると感じるのは僕だけではない。

あなたにとって祖国とはなんだろうか?

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 156:黒川紀章ノート/思索と創造の軌跡 by 黒川紀章


17 10月

黒川さんが逝かれた。偉大な建築家だった。

3か月前にお会いした時はまだ元気そうに見えたが、

政治については自分ではなく自分の意志を継いだ人がやらねばならないだろうと言っていた。

今にして思えば死期を悟っていたのかもしれない。

黒川さんは建築家であると同時に思想家でもあった。

ロシア、イギリス、アメリカに自宅を持ち、日本に滞在する期間は3番目位だと言っていたが、

海外生活が長くなるほど、地球的規模で手掛けた建築の数は増え続け

「歴史と未来の共生は、まさに生命の原理そのものなのだ」と

多様な文化の壁を超え相互理解を唱えるようになった。

ドウルーズやガタリから「リゾーム」「ミルティプリシテ」といった哲学や秩序の影響を受け、

やがて国立美術館のような有機的なデザインが生まれていく。

本書は不世出の天才建築家の一生分の考えが詰まった、予言に満ちた摩訶不思議なノートである。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 155:アラビアのバフェット by リズ・カーン


09 10月

世界最大の個人投資家ウオーレン・バフェットが尊敬するアラビアの大富豪がいる。

彼の名はアルワリード王子。個人資産240億ドル世界5位の投資家でもある。

しかし、この資産がオイルマネーで稼いだわけではない証拠に、

今ではシティグループの3.9%の株を保有し、

ディズニー、アップル、フォーシーズンズなどに次々に投資をして驚異的な成功をおさめている。

なぜアルワリード王子の投資は成功するのか。

シティグループのCEOワイルは彼を語る。

「素晴らしい思考能力の持ち主。われわれ以上に時間をかけて物事を考える。

人の話をよく聞き、人の良きパートナーにもなれる。

長期的な視野に立って物事を考える人。笑顔が実にいい」

徹底した底値で買うと同時に株主を助ける明解な戦略でウオール街から注目を集め、

慈善活動や民主化運動にも協力を惜しまないアルワリード王子は、

ハゲタカと呼ばれるマネーゲーマーとは明らかに違うDNAを持っている。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 154:イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 by ジョン・J・ミアシャイマー


09 10月

日本が常にかやの外に置かれる「外交政治」は本来は荒っぽいもので、

自国への利益誘導や外交的取引のためには公然とスパイ活動をしているのが普通だ。

むしろ、していない国など無いといってもいい。日本を除いては。

ロビイストも米国の世論形成をコントロールするには必要不可欠といえる。

アジアにおける日本軍の慰安婦問題などもアジア各国のロビイストが動き、

米国社会で確実に日本にダメージを与えている。

本書のタイトルのイスラエル・ロビーはイスラエルの利益を考えて動く個人や組織集団だ。

彼らは確実に米国の世論や政策に影響力をもたらす。

パレスチナ、シリア、イランなど常に紛争をかかえるイスラエルにとってロビー活動は

米国外交政策上、最も重要で米国から相当量の利益を引き出すことが最大のミッションだ。

ちなみにイスラエル・ロビーは秘密結社や陰謀集団とは無関係で、

公然と活動し、その影響力を自ら誇っている。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 153:経営に終わりはない by 藤沢武夫


03 10月

本田宗一郎が本当にやりたかった夢は、マン島TTレースに出てグランプリを獲得することだった。

TTレースとはツーリスト・トロフィーの略で、

何十万人もの観客がマン島に来てモーターサイクルの世界一を決めるレースだ。

昭和34年不景気で業績が悪化し、手形も落とせない状況の時、

あえて藤沢は本田をマン島に行かしたのだ。

「従業員に金をやるといっても金はないし、という状況での苦肉の策が

マン島のTTレース出場の夢だった」その2年後、

昭和36年には1位から5位まで独占することになるとはだれも予想だにしていなかった。

そうやって藤沢は本田宗一郎と二人三脚でバイク屋を世界企業に育て上げていく。

「本田はできない連中を多少ひっぱたいたかもしれないが、

そのひっぱたかれたのが、だいたい重役になっている。

遠くのほうから命令しているのではなく、まっさきに飛び出していって、自分の体で教える」

経営の本質が、実は社長の仕事に対する情熱が社員の敬意を生み、

社員の働く意欲を生み、会社がうまくいくのだということを本書は教えてくれる。

編集長 尾中謙文

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