Archive for 8月, 2007

ぼくの本棚 142:あの世この世 by 瀬戸内寂聴、玄侑宗久


28 8月

瀬戸内寂聴は小説家から出家したが、

玄侑宗久は臨済宗の僧侶でありながら芥川賞を受賞し小説家になった。

ふたりの有り様は逆だが現役の出家者で小説家ということに変わりはない。

ユニークなふたりが「信仰生活をしている人にしか、わからないこと」を

対談するのだから尚更興味をそそられる。

空海は天才で、最澄は秀才で実直で、法然は誠実で、親鸞は煩悩だという

ユーモア溢れ、核心を鷲掴みにする会話にふたりの話力を観る。

「自らを拠りどころとし、それ以外を拠りどころとしてはいけない」と釈迦が言うのに対して、

新興宗教の教祖は「私を拠りどころとしなさい」と言うことに僧侶の眼力は鋭くなる。

「愛欲の悩みをどうするか」「不慮の死をどうやって受けとめるか」など

小説家であり僧侶ならではの人間愛の深さが浮沈し面白さを加速させている。

編集長 尾中謙文

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編集局

ぼくの本棚 141:科学の未来 by フリーマン・ダイソン


27 8月

フリーマン・ダイソンは未来の科学に警告できる比類なき科学者だ。

科学技術がイデオロギーと合体すると、

人類や地球の未来に危険度が増すことを高い倫理観で喚起し続けている。

科学と人間の進化が地球にもたらすものについて「ガイアの素顔」でも述べていたが、

ダイソンは10年から100万年のスケールで考えている。

この巨視観は、科学技術が今後、進化の過程で生命倫理と否応無く重なることを考えると、

利益をもたらす科学だけを追い続ける応用科学者には立ち打ちできない。

科学的な公平さと人間の苦悩を同時に考え、新しい科学、新しい発見を予測し、

豊かな洞察力から遥かな未来を予見する。

ダイソンはすぐに役に立たないが人間に必要な純粋科学と、

利益至上になりがちな応用科学の両方の本質をわかりやすく本書で示唆している。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 140:天才の栄光と挫折 数学者列伝 by 藤原正彦


23 8月

以前「この国のけじめ」を紹介した藤原氏は、お茶の水女子大学の教授であり数学者である。

本書で登場する天才数学者たちはいずれも深い孤独や失意に苛まれる。

苦悩の連続の中でさまざまな難問に挑む姿は、

天才が栄光を掴むサクセスストーリーというより、

天才が生身の人間であるがゆえの苦しさを浮き彫りにしている。

例えばニュートンは3歳の時に母親に置き去りにされているし、

江戸時代に和算の大家といわれた関孝和が算聖と崇拝されたのは、実に死後30年経ってからだった。

藤原氏は同業の天才を克明に観察し、どん底にいる天才が

どうやって壁を乗り越えたのか、尊厳と品格をもって数学者の原点に迫っている。

ちなみに映画にもなった「博士の愛した数式」を

執筆するきっかけは本書にあったと小川洋子氏は言っている。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚 139:ありえない家 トーキョー狭小住宅物語 by 細野透


21 8月

高騰を続ける土地狂騒で、フツーのサラリーマンがフツーに働いて

都心に理想の一戸建てを建てることはもはや不可能に近い。

住宅リフォームといいながら、ほとんど造り変えてしまうTV番組「ビフォー・アフター」を観て、

狭小住宅も素敵だと感じた方も多いのではないか。

ただ「都心に住みたい」という熱意だけが、

驚嘆するほど狭い空間を奇跡的に住みやすく変えたり、

土地に執着する不器用な愛情が建築家の気持ちを動かし、

見たことも無いような小さく美しい家を造ったりする。

本書はそんな狭小住宅を、いつか都心に建てようと狙っている方に勇気を与えてくれる。

わずか8坪に満たない土地に素晴らしい家を建てたり、

1億5千万円もする見積もりを6100万円に値切ったりするなど、

度胸のいい人と「ありえない家」が登場する。

狭小住宅には建築技術の粋を結集した建築家の英知と、

狭い東京に住み続けたい人間のドラマが交錯している。

編集長 尾中謙文

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ぼくの本棚138:プリンシプルのない日本 by 白州次郎


17 8月

最近の国会議員の言動や生き様を観ると、

本当に日本を良くしたいために議員になったのか疑わしい人が増えた。

本来品格の模範となるはずの議員が犯罪に手を染めたり、

タレント化しバラエティ化し品格のない言動行動をしていることなどもそうだ。

白州次郎は以前にも紹介したが、僕が敬愛して止まない人物の一人だ。

それは白州の「育ちのいい野蛮人」といわれる人柄である。

ケンブリッジで学んだ礼儀正しい紳士だが、

卑劣な態度を取る相手にはどんなに地位が高い相手にも猛然と立ち向かう勇気を持っていた。

天皇の名代で届けものを持って来た白州に、

マッカサーが天皇を蔑ろにした態度を取ると、届け物を持ち帰ろうとした話は有名だ。

「プリンシプル」とは何か。白州の言葉を要約すると、

すべての言動行動には首尾一貫した納得のいく正当な理由がないといけないということだろうか。

真実や原理原則が甚だ希少になった今、本書を読み返す度にほっとするのは僕だけだろうか。

編集長 尾中謙文

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