今、なぜ「正義」なのか。
NHK教育TVでも放映されているからご存知の方も多いと思うが、
これはバラエティ番組ではなく、ハーバード大学で最も人気のある講義なのだ。
1人殺すか5人殺すかを選ぶしかない状況に置かれたとき、
君たちならどうするだろうか?
サンデルは学生たちに問う。
1人だけ殺すことを正当化していいか?
合理主義によって、確かに、ほかの4人は助かるだろう。
それとも多くの人が感じるように
そんな選択は許されないと思うか?
1人だけ選ぶことなんてできないんじゃないか?
サンデルの問いに
様々な国から来た、様々な人種の
学生たちは次々に自分の独創的な意見を言う。
学問とは真実や真理を問い続けることだ、と
サンデルの授業を見ながら、
何故かほっとし、納得する。
ここにはまだ「大学」がある。
学生の多くは戦争を経験していない。
そのため自己決定のプロセスに
共和主義(共同体的自己決定)か自由主義(自己決定主義)かを反復し、
その差異を見つけ、自分は何を基準に意思決定をしているのかを確認しなければ、
経験主義的な意思決定を越えることはできない。
米国は伝統的に共和主義(米国リバタリアニズム)だが、
共同体的な共和主義はすでに空洞化し、
現実は一人一人の自己決定に委ねられている。
これは今の日本にもあてはまる論理だと思う。
管総理は戦争が未経験なのに
なぜ過去に遡って、韓国にお詫びができるのだろうか。
戦争未経験だと認めた上で、
未来に向けて、お互いが何を学び合い、気づかなければならないか、
初めてその悲惨さも、自身の数少ない言葉で語れるはずだ。
戦争未経験者が、自分が関わっていない戦争を、まるで自分のことのように語る。
いまの日本には居心地の悪い、空洞化した論理や解釈がはしっている。
編集長 尾中謙文